Plant Research Group

心材抗菌成分ノルリグナンの生合成研究

  「心材の形成」は樹木特有の現象です.  心材とは丸太の中心部に見られる材色の少し濃い領域であり, 一方, 心材の外側(樹皮側)の材色の淡い領域を辺材とよびます. さらに心材と辺材の間には白く見える領域があり, それを移行材(白線帯)とよびます. 心材は若い時には存在せず, 成長のいつの段階かに形成され始めますが, 樹種によって形成のタイミングが異なるなど, 未だに何がきっかけで心材が形成され始めるのかは解明されていません. 
  一般に心材は辺材に比べて腐りにくく強度が高いとされており, 主に建築材などとして古くから利用されてきました. その腐りにくさをもたらしているのが, 心材部に蓄積する様々な抗菌成分です. 心材に特異的に蓄積する抗菌成分の一種として「ノルリグナン」という化合物群があります. ノルリグナン類は抗菌活性のみならず, その他様々な生理活性がこれまでに報告されており, またノルリグナン類のある化合物が杉の黒心(黒色化した心材)の原因物質としても知られています. 心材ノルリグナン類は心材形成の時期と連動して生合成され, 辺材では蓄積せず, 移行材から心材にかけて急激に蓄積量が増加します.
  世界的にもノルリグナン類の生合成研究は数少なく, 未だ謎が多く存在しています. これまでに当研究室の山村らは長年ノルリグナン類の一種であるヒノキレジノールの生合成研究に取り組み, 様々な成果を報告してきました(図1, 引用文献 *1〜4). ノルリグナン類の生合成に関する遺伝子は, 今のところアスパラガスから唯一同定(*3, 4)されているのみで, 樹木からはこれら遺伝子は1つも見出されていません. 当研究室では現在, スギ木材での遺伝子発現を網羅解析し, 心材ノルリグナンの生合成に関与する遺伝子の同定に取りくんでいます.
  将来的に心材に特異的に蓄積する成分の遺伝子群を明らかにすることができれば, 心材形成開始のきっかけとなる要因の特定, 心材成分を増強した高い耐腐朽性木材を算出する樹木の作出, また抗菌成分の安価かつ安定した供給などにつながると期待されます.
<引用文献>
*1, Suzuki, Yamamura, Shimada, Umezawa (2004) "A heartwood norlignan, (E)-hinokiresinol, is formed from 4-coumaryl 4-coumarate by a Cryptomeria japonica enzyme preparation" Chem Commun: 2838-2839
*2, Suzuki, Nakatsubo, Umezawa, Shimada (2001) "First in vitro norlignan formation with Asparagus officinalis enzyme preparation" Chem Commun: 1088-1089
*3, Suzuki, Yamamamura, Hattori, Nakatsubo, Umezawa (2007) "The subunit composition of hinokiresinol synthase controls geometrical selectivity in norlignan formation" PNAS 104: 21008-21013
*4, Yamamura, Suzuki, Hattori, Umezawa (2010) "Subunit composition of hinokiresinol synthase controls enantiomeric selectivity in hinokiresinol formation" Org Biomol Chem 8: 1106-1110

 

有用生理活性成分リグナンの生合成研究

  リグナンは植物界に広く分布する化合物群であり, その中には様々な生理活性を示す物質が多く報告されている. いくつかのリグナンは抗腫瘍性活性を示すものがあり, 特にポドフィロトキシンは現在臨床的に使用されている抗がん剤エトポシドの原料として利用されています. ポドフィロトキシンを産生する植物種(ヒマラヤハッカクレンなど)は限られており, さらには抗がん剤原料として乱獲されたことから, 植物の個体数が激減した過去があります.  これら植物は栽培が容易でなく安定供給は難しいとされており, 近年では微生物などを用いた生物工学的手法によるポドフィロトキシンの安定・大量生産に向け, 研究が活発にされています. 
  ポドフィロトキシンの生合成経路は植物によって異なっており, 当研究室は, 京都大学生存圏研究所の梅澤研究室(現・飛松研究室)と共同で, ポドフィロトキシン産生植物の1つであるセリ科のシャク(Anthriscus sylvestris)をモデル植物に用いて, 抗腫瘍性リグナンの生合成研究に取り組んでおり, これまでに数多くの関連遺伝子の同定に成功しています(引用文献*1-4). 将来的にポドフィロトキシンのより効率的な生物工学的生産に向け, 多くのリグナン生合成遺伝子の情報を蓄積し反応系を最適化するため, 現在もシャクのみならず様々な植物種からリグナン生合成遺伝子の同定を試みています.
引用文献
*1, Umezawa, Ragamustari, Nakatsubo, Wada, Li, Yamamura, Sakakibara, Hattori, Suzuki, Chiang (2013) "A lignan O-methyltransferase catalyzing the regioselective methylation of matairesinol in Carthamus tinctorius" Plant Biotechnol 30: 97-109
*2, Ragamustari, Nakatsubo, Hattori, Ono, Kitamura, Suzuki, Yamamura, Umezawa (2013) "A novel O-methyltransferase involved in the first methylation step of yatein biosynthesis from matairesinol in Anthriscus sylvestris" Plant Biotechnol 30: 375-384
*3, Yamamura, Kumatani, Shiraishi, Matsuura, Kobayashi, Suzuki, Kawamura, Satake, Ragamustari, Suzuki, Suzuki, Shibata, Kawai, Ono, Umezawa (2023) "Two O-methyltransferases from phylogenetically unrelated Cow Parsley (Anthriscus sylvestris) and Hinoki-Asunaro (Thujopsis dolabrata var. handae) as a signature of lineage-specific evolution in lignan biosynthesis" Plant Cell Physiol 64: 124-147
*4, Kobayashi, Yamamura, Mikami, Sdhiraishi, Kumatani, Satake, Ono, Umezawa (2023) "Anthriscus sylvestris deoxypodophyllotoxin synthase involved in the podophyllotoxin biosynthesis" Plant Cell Physiol 64: 1436-1448